約 23,562 件
https://w.atwiki.jp/politika/pages/485.html
引っ越しました! 新しいサイトはこちらをクリック
https://w.atwiki.jp/roster/pages/2034.html
プロフィール 凡例 内野手 3 1982/7/31 180/83 右右 兵庫
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/35.html
その六 【投稿日 2005/11/12】 カテゴリー-1月号 大野や咲が、うまく笹荻をくっつけようと画策したパジャマ・パーティは、なかなかの 盛況を見せた。飲み会好きで、フツーにノリのいい恵子も雰囲気を盛り上げていたし、 女同士だと、やっぱり猥談も飛び出す。特にコーサカ、田中という実体験の対象がいる 咲と大野のきわどい話は、他の二人の興味をひくのに十分だった。 「・・・で、田中さんてば、わたしの胸で・・・・を・・・したいなんていうんですよ」 「うわ、すげ。ん~~今度コーサカにそれで迫ってみっかな。ヲタクはやっぱ好きなの、 そういうの?けっこうコーサカも、・・・の時は激しいんだよね」 「うわ、マジマジ?」かぶりつくような恵子 「・・・・・」真っ赤になって目をそらしながら、一言も聞き逃すまいと聞き耳を立てる荻上。 その様子に気付いた咲が、うまくパスを回す。 「んー、でも、話きくとやっぱオタク同士のカップルって幸せなのかね。なんかこっちゃ自信なくすわ。 でも、思い出すと田中は結局一歩踏み出すのが時間かかったよなあ」 「あ、そーだったの?」最初のいきさつをよくしらない恵子が意外だという顔を見せる。 「そうでしたねえ。サインは無くも無かったんですけどね。決定的なのはなくて、ちょっとこっちも いらついて・・・。でも、わたしのほうだって少しは積極的に動いたんですよ。それがよかったんだと 思います。今年田中さんは大学出ちゃったんだし、いい人だったなー、素敵なとこあったなーって今 思ったとしても、進展のきっかけはなかったですからね。一緒の時間を共有できたから、想い出も できたんですよ」 さりげなく、一面では大胆に話題をふる大野。 「ヒューヒュー、暑い熱い!で、積極的に動いたってどーいうのよ?」恵子が入る。 「コスプレとか、コスプレとか」 「んだよ、それかよ」咲が苦笑した。 「・・・・一緒の趣味だったから、接触多かったんじゃないですか・・・・同じとこにいたって、 そんなに普通はきっかけって無いですよ」ぽつりと、荻が独り言のようにつぶやいた。 「ん、それってこの間、うちのアニ」 (・・・・まだ早い!)と、咲がすかさずグッと肩を抑え、目で恵子を黙らせる。 視線をそらしていた荻上の目には、そのやり取りが入らなかったのは幸いだった。 あくまでも気付かないような、一般論で大野は進める。 「えーとえーと、そうですよね。でも、けっこういるのが、意識してるから逆にふつうの態度が 固くなって、誤解されるタイプ。とくに相手が恋愛経験豊富なら、それを見逃さないで押して くるんでしょうけど、そうじゃないとねえ・・・あっちが『嫌われてるかな?』と思って、なんか 気まずい雰囲気が漂って、進展どころか後退しちゃうんですよねー」 「それは自分も悪いけんど・・・やっぱ男の人、優しいのもいいっねけんど、少し強引に迫って ぐんねとダメだぁ。」酒も多少すすみ、ほんのり赤くなった顔で、つい荻が本音をのぞかせる。 そろそろだ。咲・大野のツートップが、偶然にもハモる。 「ササハ」 その時、隣室からの大声が聞こえてきた。 「あの娘の魅力が分からないようじゃ、ダメですよ!!」 「ん、アニキの声?」「何かあったの?」 思わず女性4人は、そっとふすまを、少しだけ開けて男人陣の様子をうかがった。 「いや、ワタクシとしましてはですね、巨乳がやはりいいしドジっ子のほうがツンデレより一日の 長があるのではないかとそう、原則論を展開させただけでして」 「だーめ、ツンデレでスラッとしたコの魅力を分かんないと一人前じゃないよ! 俺も最近、それに気付いたんだ!」 なんと、朽木に笹原が口角泡を飛ばして議論している。珍しい光景といえばいえた。 「・・・・・どうやら、漫画キャラ論らしいですねえ」 「く~~~あいつら、人の苦労もしらないで。ササヤンもあれじゃあ、百年の恋もさめるわ」 咲が_| ̄|○という心境に陥る。 荻上は無表情で、その心は外からでは計り知れない。 しかし、一人恵子だけが、意外だという表情を見せる。 「アニキ、正月に実家に行けばそれなりに飲んでるけど、あんな感じになったことないよ?なんか変だな」 付き合いの長く、笹原の属性を知っている斑目が、軽く突っ込む。 「おんや?お姉さま・グラマー美女属性の笹原クンが転向して、拙者と同様のツルペタ主義になった というのはいかなる心境の変化デスカノウ?」 フォローを頼まれていたはずの斑目だったが、その時点ではまったく忘れてて、ただのオタ話のノリw しかし、それがホームランだった。 「それは最近、いろいろありましてね・・・でもツルペタはやめてくださいよ。 荻 上 さ ん は、よく見ればけっこう魅力のあるカラダしてるじゃないですか!!」 折り重なってすき間にへばりついていた女性4人は、いきなりの衝撃発言に体勢をくずし、ガタガタっと 音を立てた。一瞬慌てたものだが、上手いことに男性陣も笹原本人とウツラウツラしている高坂を除き、 同様にガタッとひっくり返っていたので、気付かれずに済んだ。 「いや、あのですね----ワタクシたちのさっきの話はくじアンでありまして」 朽木が言わでもの軌道修正を試みるが、笹原は、演説モードに入ってるようだ。 「こりゃあ、面白くなってきたわ。大野、そっちのすき間も開けて。恵子、座布団人数分もってきて。 そっちに二人、こっちに二人ね」。男子に聞き耳禁止令を出したはすの咲が、完全に自分たちは盗み聞き モードに入った。 「たしかに私、笹原完士はグラマーな、お姉さま系が属性といえば属性です。 ですから大野さんや春日部さんは、そりゃ魅力的に感じますよ!」 「いや、聞いてないし」斑目の困惑は続く。 「でも二人とも、お似合いの相手がいるわけですからね!俺はそういう、幸せな人にはそもそも 変な感情は持たないですし、うまくいくよう応援するだけですよ!!」 ぐびグビッっと笹原は話を中断し、缶ビールを流しこむ。 「うん、とっちゃダメだよーーー」寝ていたはずの高坂が、笑顔で合いの手を入れた。またすぐ寝た。 女性部屋の四人は、集まってひそひそと批評していた。 「私たちにも話がくるとは思いませんでしたね。やっぱりああいう人だから、悪い気は全然しませんけれど」 「まー、酔って悪口出るより全然いいな。でもどうよ、ああ言われてちょっとでもドキっつーか、プラスも マイナスもないってのは逆に男として足りないんじゃない?あれじゃ合コンでもアシスト専門要員よ?」 「ふがいねーアニキでスイマセン。」 「あ、んなことより前半だよ前半!『荻上さんのカラダ』って何よ?まさか?コラ逃げるな」 咲が荻上のちょんまげをつかむ。 「ひょっとして、あの時のことかしら・・・コスプレの」 「たしかに、荻上さんの胸は人並みよりちょと寂しいですよ!」 笹原の演説は再開された。荻の顔が見る見るこわばり、残り三人もちょっとひいた。 荻上は、ちらりと大野の湯上りのノーブラバストに目をやり、チッと舌打ちする。実は相当、 自分の胸にコンプレックスをもっていたことに、荻上も自分で気付いた。 「でもね、彼女のお尻と、足のライン・・・・。一度見たら、忘れられないっスよ!ほんとにキュッと かわいくて、清潔感があって、それでけっこういやらしくて・・・コスプレの荻上さんの、お尻の部分は ホントにいいんですってば!!わかりますか!」 「ああ、分かった、なんとなく想像つく・・・」 「想像しないでください!あげないですよ!」 「笹やんのですか。」 斑目はもう、果てなく続く笹の理不尽ボケと突っ込みを、俺が受けて転がすしかないと覚悟を決めていた。 ぐびぐびと笹原。 またもや対策会議の女性陣営。 咲「うわ、うわ、うわ!ササヤンの中の、オスの本性出てきたよ!しかしこのコの、コスプレなんか見たんだ」 大「ええまあ、いろいろありまして」 恵「同人誌とかエロ本だと、あんまり気にならないけど、実のアニキがエロっぽい話するの聞くってちょっと ツライわー。あいつ高校でもオクテだったから、余計になあ・・・」 咲「なんだ、恵子もけっこうお兄ちゃんっ子じゃない。」 恵「へへへ・・・」 大「荻上さんの案外のライバルって恵子さんかも、ですね」 萩・恵「なっ、何を」 「しかしまぁ、よくも悪くもお騒がせなあのコを、笹ヤンが意識するきっかけって何よ? やっぱりコスプレのエロス?」 斑目は、遅ればせながら、咲に根回しされた「二人の背中を押す」ことに、この酔っ払い トークが役立つことに気付いたようだ。同時に、純粋に二人の経緯に興味があった。 「人聞きの悪いこと言わんでください(「いや、あんたが大声で言ってたんだって」:斑目)。 たしかに荻上さんで、俺は時々つーかしょっちゅういやらしい想像してます。ぶっちゃけ、 オカズにしたこともありマス! でも、でもね!」 「どんな想像なんかね。」「・・・・・とかでしょうか?」「想像しないでください!」 荻上の顔が、トマトのように赤かった。 「先輩が、わたしをオカズに?わたすの裸とか想像して○○ってるの? んでも、わたすも 2、3回、先輩と夢で・・・」 「夢は不可抗力だァ」自分に言い聞かせようとした言葉がつい声になり、回りに「?」という 雰囲気が流れたが、思わぬ見世物に夢中で深く意味を考えるものはなく、荻上はほっとした。 「結局、荻上さんを、一人にしておけないんですよ!彼女の、寂しさを消したいんですよ!!」 テンションはやはり高いものの口調が、明らかに変わった。笹原は、どさっと椅子に腰を下ろす。 「荻上さんは、大学に入る前の俺ですよ。自分のこと、自分の趣味に自信がなくて、好きなものが あるのに、それを好きな自分が好きになれない。いろんな可能性があるのに、あったのに、臆病で 飛び込めない・・・。少しずつ、それでも変わっていってますよね。」 「ああ、お前さんの力でな」 「んなことないですよ。春日部さんや、大野さんがやっぱり同じ女性だから、うまくフォローして くれたんですよ。ウチの妹だけは役に立たないようだけど」 「なんだと!このサル!!」恵子が叫びそうになったが、咲が睨みつけて収めた。 「俺、会長でもあったのに、ほんとに力及ばずで・・・でも、接してればわかりますよ。彼女が ホントに純粋なんだって。夢も、悩みも、希望も・・・彼女を守りたいっていうには俺はダメダメ すぎるけど、せめて、一緒に悩みたい。いろんな思いを共有したい。エゴだけど、その役目は俺、 誰にも譲りたくないんです」 朽木もとっくに酔いつぶれている。高坂もまたふたたび寝息を立てている。笹原の宣言を聞いたのは 斑目と、ふすまごしの4人だけだ。 その中で、咲はかつて似顔絵を見て誤解したときの、大野は荻上の買い込んだ同人誌をチェックした 時の、ともに悪辣顔でからかう気満々でオギーを見たのだが・・・・ 彼女は、「同人誌できてねえよ会議」の時のように、表情を変えないまま、ぽろぽろと涙をこぼしていた。 自分が泣いていることに、気付いてないようだ。 意外にも恵子が、すっとハンカチを取り出した。 「あ・・・・・・あれ・・・・・・・・・・・・・・。」荻上が、ようやく自分の涙に気付き、とまどう。 「あんなアニキだけど、よろしく」と恵子は言おうとしたが、自分も言葉がでなかった。 残り二人も、黒モードは消え、微笑で眺めている。 そんなみんなを見て、荻上の心の中にじんわりと温かいものが広がった。 「先輩------」そうつぶやくと、その響きが、美しい音楽のように感じられた。 「ククククッ・・・圧倒的じゃないか!笹原軍は・・・」 これだけのノロケは斑目にとっては本来、一種の「逆境」だが、さすがに少しは人間的に成長し、 ガンダムネタで切り返す(それ、成長してるのか?)。自分の、ほろ苦い結末に終わった部室内の 人間ドラマも思い出した。だからこそ、この後輩には、うまくいってほしかった。 だ が。 「でも、それって荻上さんには言ってないよね!言わないと、伝わらないよね!!」 寝ていたはずの高坂が突然、いつもとまったく変わらない態度でさらりと突っ込んだ。 さっきまで強気の姿勢だった笹原が、見る見るトーンを落として、_| ̄|○状態になる。 「いえる訳ないじゃないかぁぁぁぁぁぁぁ。」 「なんで?」高坂が、たった3文字で、残酷なクリティカルヒットを与える。 斑目が、割って入った。 「まてまてコーサカ、ここは一つ古典に学び、先人の知恵を借りよう。二人とも当然、『めろん一国』を しっているであろうな?あの一巻に・・・」 「酔っ払って、『すきじゃあ』と叫ぶアレですね」とコーサカ。 「うむ。効果がどうなるかしらんが、ここまでくれば最後まで行ってしまえ。笹原、お前は酒が足りんのだ。 主人公にならってもっと酔っ払い、そして大声で思いを叫ぶのだ!」 「分かりました!まず日本酒を!」笹原は一気に紙パックをコップにそそぐと、ぐっと飲み干した。 そして、きっと顔を引きしめる。 「私、笹原完士は!、荻上さんのことを!」 ふすま越しの荻上が、同じぐらいどきどきしている。のこりはワクワクしている。 「おい、このパック焼酎じゃねえか?」斑目が言ったのと同時に 「好・・・すアsdfghjklzxcvbんm、。」ごぼごぼごぼごぼ。 如才ない高坂が、とっさに入浴につかった洗面器でフォローし、被害は無しで済んだ。 そしてそのまま、笹原の意識は暗闇へと引きずりこまれた。 「・・・・・・はあ、だめだわアイツ。もうヲタクとかヘタレ以前の問題!!」 「少し、神様が考え直すチャンスを与えてくれたのもしれないですね」 「あいつと同じ血が流れてるなんて、ほんっとサイアク!!あーっ、もう、のみなおそ!!」 期待が裏切られた反動で、この部屋での笹原はボロクソだった。 荻上は「すいません、疲れたのでお先に横になります」というと、3人は申し訳無さそうに、 「そうだね、少し休んだほうがいいよ」と促してくれた。 その後、3人の、酒を飲みながらの笹原批判を聞くとも無く聞いていたが、荻上はまどろむ中で つぶやいた。「私たち、自分のペースで、ゴールできますよね。・・・先輩」 おしまい。
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/259.html
サマー・エンド4 【投稿日 2006/04/09】 サマー・エンド 中ジョッキが全員に行き渡たったのを確認すると、大野は荻上の肩をポンと叩いた。 「ささ、会長お願いします。」 荻上はやや顔を赤らめて立ち上がると、ジョッキを重そうに両手で掲げた。 「え~~~と…………………………、乾杯!」 ちょっとの沈黙の後でどっと笑いが起きた。 「ちょっと荻上さん、もっと何か喋って下さいよ!」 「いやぁ…、ムリっす…。こんなん慣れてなくて…。」 もう!と大野は呆れてビールに口をつけた。荻上も恥ずかしさを誤魔化すようにジョッキからビールを少しだけすする 。 金曜の夜、居酒屋の座敷の一室に現視研OBが集まっていた。 斑目、久我山、田中に、笹原、高坂、咲。現役の大野、朽木、恵子と、新会長に就任した荻上。 漸く全員の予定が整ってのOB会である。 「しかっし、もう7月かあ~。月イチでやろうとか言ってたのに。」 「そうですね~。いざ仕事始めるとなかなか集まれないもんですね。」 「まあ、お前とか高坂は忙しそうだもんな。」 「斑目さんは暇そうですよね。まだ部室行ってるんですか?」 「行ってねぇよ! …たまにしか。」 「行ってんじゃねーすか!」 お通しを摘みつつ、久闊を叙す斑目と笹原。注文した料理が運ばれてくると、一同の呑みのペースも上がってくる。 「そ、そういえば田中、引っ越すとか言ってたけど。も、もう決まった?」 大根サラダをシャキシャキと頬張って久我山が尋ねる。田中は照れ笑いを浮かべた。 「や~~…、まあ…、なかなかねぇ…。」 ボソリと零した田中の応えに、ビールから日本酒に移行していた大野の目が光る。 「もう! 早く決めましょうよ! ちゃんと一緒に住もうって言ったじゃないですかっ!!」 「そうだね…。決めないとだよね…。」 向こうではクッチーが一人寂しげに飲んでいる。 「ほら、朽木くん。こっち来ていっしょに呑もうよ。」 「うう~…、笹原さんの優しさ。不肖クッチー、一生涯忘れませ~ん…。」 隣の斑目は苦笑いで少し横にずれて席を開けた。 「朽木くんは新会員が入っても相変わらずなのネ…。」 「どうやら、新会員に早くも何かしちゃったらしいですよ…。」 「いやぁ…、ワタクシはフレンドリィに接しつつ先輩の威厳をばですねぇ…。」 「朽木くん…。何しちゃったの…?」 斑目の問いに荻上はブスっと口を尖らせた。 「言いたくありません!! おかけで一人逃げられたんですから!!」 「うううううう………。」 「まーまーまー。ただでさえ年上なのに会長になれない憂き目を味わっている朽木くんなんだから…。」 「ううう…。斑目先輩の優しさもワタクシ一生忘れません。このご恩はいつか必ず…。」 「いや、いいよ…。むしろ忘れて…。」 そんなこんなで宴は踊る。酒も進む。 と、荻上はすくっと立ち上がった。話していた笹原と斑目は二人して荻上の顔を見上げる。 目はとろーんとして、なかなかイイ感じに酔いが回ってる。 「ちょっとすいません。OBの方々にお酌してきます。」 「え。いいんじゃない別に。」 「いえいえ…、私は会長ですから…。ちゃんとご挨拶しなければ…。」 「いーっていーって。俺も笹原もそんなことしたことねーもんな。つーか、OBって初代とハラグーロしかいなかったんだけど。」 「いえいえ、私は皆さんを持て成す役目がありますからね…。」 そう言うとフラフラしながら大野の田中の間に割って入ってペタンと座った。 「さー田中さん…。楽しんでいただけてマスカ…。今日は大野さんへの日頃の不満を忘れてパーっとやって下さい…。」 田中の背中がビクッと硬直する。 「いや…、俺は不満なんてないよ…。」 「あれ…? こないだ言ってたじゃねーですか…。最近太ってきたとか、当初と性格が変わりすぎでついてけないとか…。」 「あはははっーーー!! 何言ってんだろねー荻上さん!」 田中はぽけーっとした顔の荻上の向こうの大野に視線を移す。 大野がかつて無い表情で田中を睨んでいた。 「荻上さん…、今の話、kwsk…。」 田中は死を覚悟した。 笹原と斑目はそれを苦笑いで眺めた。 「や~、頑張っておるね、荻上さん…。」 「はは…、そうすねぇ…。」 笹原は気まずそうにジョッキを口に運ぶ。斑目も釣られるようにビールを一口呑んだ。 「…………。」 「………。」 沈黙が二人の間に流れる。 斑目が言った。 「どうですか? 社会人になってもラブラブですか?」 「いや…、まあ…。」 はにかむ笹原。面白がって斑目は畳み掛ける。 「楽しいですか? 使えるお金も増えていろんなことしちゃってマスカ? 薔薇色の日々なんですか、笹原クン?」 「ははは…、そうっすね…。」 ニヤケ顔の斑目が嘗め回すように笹原を見る。笹原は顔を背けつつ、視界の隅に咲の姿を見ていた。 咲は高坂の隣に座って、楽しそうに話している。現視研での4年間、ずっとそうしてきたように。 眩しいくらいの笑顔を覗かせて、高坂と一緒にいる。 久しぶりに会った高坂は、やはり疲れているようだったが、今はそんなことを少しも感じさせない笑顔を、咲に向けていた。 何も無かったような、どう見てもお似合いの二人に、笹原にも見えていた。 「えーこのー! ラブラブなんだろー! 羨ましーなーコノヤロウ!!」 「ははは…、止めてくださいよぉ…。」 笹原はわざとらしいくらいに照れてみせた。 そんな自分に吐き気がした。 「そうでもないみたいよ。」 そう言ったのは恵子だった。いつの間にか、荻上の居た席に座っている。 ワインのグラスを片手に、荻上の取り皿に残った焼きソバをパクついている。 恵子の顔はアルコールに上気していたが、目ははっきりと冴えていた。 「ねー、アニキ。」 笹原はその問いかけに生唾を飲み込んだ。 自分を見る恵子の目は、真っ直ぐに伸びた人差し指のように鋭い。 「ねー。この前までケンカしてたんだもんねー。」 恵子はいつものようにニパっと笑った。笹原は無意識に視線を外し、ビールを喉に注いだ。 恵子が知っているはずはないと思ったが、あの目と向かい合うのは嫌だった。 「あれ? そうなの?」 「そーそー。でも~、もー仲直りしてぇ~、今は前以上にラブラブエロエロですってよ斑目さん。」 「そうなんですかっ、笹原クンッ!」 「ははは…、まあ…、ちゃんと仲直りしましたんで…。」 笹原は斑目に視線を向けて、愛想笑いを浮かべる。 「だよなー。そーじゃなくちゃヤキモキして君たちを見守った我々の立つ瀬が無いよぉ~。」 楽しそうな斑目の顔を見ると心が痛んだ。 また嘘をついた。また同じ嘘だ、と笹原は思った。 今日だけじゃなくて、何度も何度も嘘をついてきた。あの日から毎日、今の関係を壊したくなくて嘘をつき続けた。 斑目も、大野も、そして荻上も、いま自分たちがしていることは何も知らない。 自分がしている、ひどい裏切り。ただの浮気以上の、自分たちの仲間の一人であるサキとの関係。 それを知ったら、どう思うだろう。 (決まってる。軽蔑だよ…。) 笹原はまたビールを呑む。 ちっとも酔えやしない。笑い合う仲間の声も、表情も、どこか遠く感じて、他人のような気がした。 笹原は咲に目をやる。嘘をつかずに向き合えるのは、もうサキしかいなかったから。 「あ~…、高坂さん…、お忙しいところわざわざお越し下さいまして…。」 すっかり酔いが回った荻上は、高坂と咲の前に座り込むと大仰にお辞儀をした。 まるでカラクリ人形みたいに、しっかりと手をついて、ぺったりと頭を下げる。 高坂はいつもの笑顔で応えた。 「こちらこそ都合がつかなくて悪かったね。」 「すいません…。今日は大丈夫だったんですか…。」 「うん。漸く一区切りついたからね。久しぶりに皆の顔が見れて嬉しかったよ。ありがとう。」 ありがとう、という言葉に荻上は満面の笑みを浮かべた。 咲は思った。 (こういうことサラっと言えるのが、コーサカなんだよなあ…) そして、荻上の笑顔から目を逸らす。 荻上がああいう顔をするようになったのは、笹原と付き合い始めたからだ。 それが分かっていた。 前の荻上なら、照れ隠しにムスっとした顔をしていただろう。それが自然にあんないい表情をするようになった。 笹原がいたからだ。笹原が好きだから、そんなふうに変われた。 全部分かっている。 「どうしました春日部先輩…。」 いつの間にか沈んでいたのだろう咲の顔を、荻上が覗き込む。その無垢な表情が咲の胸をさらに締め付けた。 「どうしたの咲ちゃん。ちょっとペース速かったかな?」 高坂の手が咲の肩に触れる。それは手の温もりは、もう安らぎではなく苦痛を与えていた。 咲はそれとなく体を捩って高坂の手を振り解いた。 「あー、ちょっと速かったかな…。もうそろそろウーロン茶にしとくわ。私は明日も仕事だからね…。」 咲は斜向かいに座る笹原を見た。 笹原も咲を見ていた。いや、たぶん私と荻上を見ていたのだろう。 (私と荻上が話すの見て、何て思うんだろう…。) できるだけ普通にしようと思っていた。高坂にも、荻上にも、笹原にも、他の皆にも。 でもやっぱり、こうしていると胸が痛くて仕方なかった。 皆を騙していることが、自分が笹原を好きでいることが、苦しくて堪らない。 それでも、笹原の瞳の中に自分と同じ苦痛を見つけて、安心してしまう自分がいた。 笹原は咲の瞳の中に自分と同じ苦しみがあったことに、不思議と嬉しさを感じていた。 それが今、二人を繋ぐ絆だと思った。 咲がこんなどうしようもない状況でも、自分を好きでいることの証に思えた。 「へへ~、なにオギーを見つめてんだよ!」 恵子が笹原の頭を叩く。思わず口に含みかけていたビールを吹いた。 「汚ね~な~、サル。」 「お前がやったんだろ…。」 笹原はどさくさ紛れに恵子の顔を見た。もう目に鋭さはなく、優しい目をしていた。 視線の先には荻上がいた。 「ほんとさぁ~…、大事にしなきゃダメだよ~。」 恵子は小さくため息をつく。胸の底から、吐き出すように。 「アニキのこと好きになるヤツなんて、そうそう居ないんだかんな…。」 笹原は。 「うん…。」 頷いた。はっきりと、恵子が納得できるように…。 恵子はまたニパっと笑った。 「よーし、それじゃあーーー乾杯しよーー!!!」 唐突に恵子が立ち上がる。 「アニキとオギーの仲直りと、ラブラブな日々に乾杯だよぉーーー!!!」 恵子は目一杯の笑顔と声でワイングラスを高々と掲げていた。 あまりの勢いに、一瞬、場に奇妙な空気が流れる。 苦笑いしつつ、斑目もジョッキを掲げた。 「まあー、いんじゃね? おもしれーし。」 大野の追及に汲々としていた田中も乗っかった。 「そーカンパイ! ほらっ、大野さんも!」 「まーいーですけどねー。仲直りはメデタイですからね…。」 「カンパイするにょ~~~!」 高坂もグラスを上げる。 「あれ? 笹原君たちってケンカでもしてたの?」 荻上は目をパッチリと開いて赤面していた。 「ま……、ちょっと……、でもアレから笹原さんと更に恋人っぱくなれたかなぁ…ってナニ言っでんだが…。」 「なんですか! 私に泣きついてたくせに、そっちだけ良い雰囲気になって!」 「あははは…、いや恥ずかしいっす。」 荻上はふくれっ面の大野に遠慮がちに小さくグラスを上げた。 笹原と咲は黙ってグラスを上げていた。 精一杯の作り笑いが顔にあった。 「それでは現視研イチの二人を祝しまして、カンパ~~~イ!!」 「「「「「「「カンパ~~~イ!!」」」」」」」 まったく、なんつー、ひどい嘘だよ。 ランチタイムを終えた喫茶店は閑散としている。 お客は歳を取った小汚い男性が一人、奥の席に陣取っていた。 笹原と咲は並んで座っている。目の前には汗をかいたアイスコーヒーとアイスティーがあった。 古い冷房器具が店の奥で唸っていた。空気を吐き出し口にはビニールの帯がなびいている。 有線からジャズが流れていた。 窓から注ぐ光が強すぎて、店内は木陰のように暗く穏やかに時が流れている。 窓側の強い日差しを避けた席に、二人はいた。 二人はいつもと変わらない顔をしようとしていたが、ストローは袋からまだ出されてもいなかった。 笹原は時計を見る。もうそろそろだった。 「…来なくてよかったのに。」 咲が前を見たまま言った。笹原は咲に目をやる。 両手はテーブルの下に隠されていて、顔を見ないで気持ちを知ることはできなかった。 「そういうわけには行かないよ…。」 笹原は言った。 「俺たちの問題なんだから…。」 咲は笹原の手を見た。テーブルの上で所在無げに組まれた両手は、何度もその形を変えている。 不安です、と書いてあった。 笹原にとっては初めての別れ話だろうに、それでもついて来てくれたのは、正直嬉しかった。 「うん…。」 咲はそう言って、忙しなく動く笹原の手に自分の手を重ねる。 笹原の手は一瞬驚いたように止まって、そしてゆっくりと咲の手を握り返した。 手が少し冷たかったのは、冷房のせいじゃないんだ。 からんころん、と古臭い音がした。二人は慌てて手を離して、一斉に振り向いた。 もう高坂は二人を見つけていた。 「あ。笹原君も一緒?」 高坂は涼しげな笑顔で二人を見ていた。でも、やはり驚いていたのか、いやにゆっくりと席に着く。 店員が高坂にお冷を運んでいく間、二人は黙って俯いていた。 「ごめん、ちょっと遅れたかな?」 口は軽やかに動いていたが、高坂の瞳はじっと二人を見ている。 微笑を口元に湛えた、人懐っこい表情。円らで、真っ直ぐな目が笹原と咲を映す。 咲は思った。 カンのいい高坂のことだ。もう全部分かっているだろう、と。 顔を上げられなかった。 笹原が目の前のアイスコーヒーを取った。ストローも使わずにグラスから直接、口に運ぶ。 一口だけ飲んで、打ち据えるようにグラスをテーブルに置いた。 笹原は言った。グラスをテーブルに置く勢いの力を借りているようだった。 「…今日は、大事な話があるんだ。高坂君…。」 「なに?」 高坂は弾むような声で応える。表情は笑顔のまま変わらない。 それは自分を責めているように、咲には思えた。 笹原に目をやる。笹原の手が、もう片方の手を赤くなるほど握り締めている。 唇を何度も何度も湿らせようと、口を不恰好に動かしている。 それでも目は、はっきりと高坂を見ていた。 少し怯えながら。でもはっきりと。 「急に…、こんな…、話して驚くと思うけど…。」 「カンジ…。」 咲は手を笹原の手に添えた。握り締められた手は、すうっと力を失った。 「私が話すよ…。私が言わないといけないから…。」 咲は顔を上げる。いつもの凛として顔ではないけれど、それでも高坂の目を見つめる。 その目は自分に向けられているものだから。 自分が選んだことだから、自分で受け止めなきゃいけないと思った。 「私、カンジと付き合ってる…。」 咲は逃げようとする視線を必死で高坂に向けていた。高坂のいつもと変わらない笑顔が堪らなく苦しい。 咲は笹原の手を握る。 「だから…、……別れて欲しい。」 言葉の終わりはジャズの調べに消えてしまうくらいか細かった。 「ごめんね…。」 咲は涙が流れないように目を閉じる。そして笹原の手を、少しだけ強く握った。 笹原の手は汗まみれで、ベトベトに湿っていた。 自分の手もそうだった。 ふうと、高坂が息を吐くのが聞こえた。 そして次の瞬間、咲の手は高坂に手の中に奪われていた。 高坂はテーブルの上に身を乗り出していた。 「咲ちゃん。僕は咲ちゃんが好きだよ。」 目を開けると、寂しげに微笑む高坂の顔があった。 「僕は別れたくない。二人でやり直そう。」 高坂の手が暖かい。 外の日差しを閉じ込めたような、お日様に干した布団のような。 少し前までは、あたり前のように感じていた掌。 咲の瞳から涙が零れた。 「咲ちゃんは僕がいなくて寂しかったんだよ。」 笹原は不安げに咲を見た。 咲は何も言わない。 「ごめんね、一人にして。でも、もうしないよ。寂しいときはいつでも傍にいる。」 咲は何も言わない。 「一緒にいたいよ。咲ちゃん。」 咲は涙が止まらなかった。 ずっとそう言ってほしかった。それをずっと望んでいた。 店が上手くいかなくて、どうしようもないときに。 寂しくて涙が溢れた夜に。 一人で心細くて、悲鳴を上げていたときに。 もっと早くに、こんな気持ちになってしまう前に。 咲は高坂の手を優しく解いた。 「ごめん…。私はカンジのことが好き。カンジのことが、一番大事だよ。」 冷房の音が、一際鈍く響いた。 高坂の手は、咲の手の残像に触れていた。使い込んだテーブルはところどころ薄汚れていて、傷が目立つ。 テーブルの放つ奇妙な光沢。高坂の手は、その上で止まっていた。 咲も笹原も、その手を見ていた。それが自分たちがしたことだった。 手を引っ込めたときに、高坂は小さく笑っていた。 「まだ暫くは帰れないから、それまでは家賃入れてて貰えるかな。来月には新しい部屋を探すから。」 「うん…。」 「荷物を持っていくのはいつでもいいよ。今週はたぶん、ずっといないと思う。」 咲はハンカチで涙を拭く。取り乱さないように、できるだけ淡々と。 自分もつらいなんて思わせるのは、ずるいことだ。 「笹原君。」 笹原は顔を上げて高坂を見る。口元にもう微笑みはなく、少し疲れた美しい顔が自分を見ていた。 眉間にシワが僅かに寄り、目は鋭く尖っていた。 始めて見る高坂の顔だった。 「荻上さんは、もう知ってるの?」 言葉の終わりが、ナイフのようだった。 「これから言うんだ…。…それはちゃんとするつもりだよ………。」 「荻上さん、傷つくだろうね。」 乱暴に呟く高坂に、笹原は深く目を瞑った。 笹原に返す言葉なんてなかった。言い訳も、正当化のしようもなかった。 荻上にも、自分をなじる高坂にも。 当たり前の、当然のことなんだ。 「じゃあ、もう行くよ。」 高坂が注文表を取って立ち上がる。慌てて取り替えそうする笹原を手を、高坂は振り払った。 「笹原君に奢ってもらう理由ないから。」 からんころん、と古臭い音がして、高坂は出て行った。 苦い思いがした。 咲はまだ涙を拭いていて、笹原は髪を撫でようと出しかけた腕を、そのまま宙に漂わせていた。 笹原の顔は、女の子を泣かせてしまった子供の顔のようだった。 戸惑って、情けなくて、不器用で、自己嫌悪に歪んでいた。 思わず口から言葉が漏れた。 「ほんとに良かったの…、これで…。」 咲の顔はハンカチに隠れて見えない。涙交じりの声だけが笹原の耳に届いた。 「バカ…。そういうことは…、言っちゃいけないんだよ…。」 分かってた。 分かっていたけど、言わずにはいられなくて…。 自分は高坂みたいにカッコよくもないし、できない。 荻上も傷つける。 そんな自分を好きでいてくれるのか不安で、口走っていた。 最低だった。 ぎゅっと、咲が笹原の腕を掴んだ。 「そういうこと言っちゃうのが、カンジなんだよな…。」 咲は笹原を見上げる。崩れた化粧なんか、気にもしないで。 「私はカンジが好きだから。自分で選んだんだから…。後悔するときがあっても、最後はこれでいいって思えるんだよ…。」 笹原は顔を伏せる。涙が零れ落ちる前に、目を拭いた。 ゴシゴシと、何度も不器用に、涙を拭いた。 最終話につづく たぶん・・・
https://w.atwiki.jp/gununu/pages/351.html
げんしけん 作品情報 3枚 大野加奈子 荻上千佳01 荻上千佳02
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/221.html
サークル棟の怪談 【投稿日 2006/03/14】 カテゴリー-現視研の日常 ちょっと聞いてよ。 え、なに、急いでるって? いいじゃん、急いでるっていったってどうせサークルでしょ? どうせっていうな? まー、とにかく聞いてよ。 そうそう、聞いてくれればそれでいいの。 あのさ、私幽霊に・・・。 ああ!行かないでよ! 冗談じゃないんだって。 昨日さ、夜にサークル棟に行ったわけ。 え?あなたサークル入ってないじゃないって? えー・・・、まあ、いろいろあってね。 その前に、夜は入っちゃいけない? もちろん、入っていい時間だよう。 夕方って言った方が良かったかな。 7時ぐらい。そう。 今はまだ明るいじゃん?そうなんだよ。 そこでね。姿は見てないんだけど・・。 女の人の、叫び声がね・・・。 幻聴だって?難しい言葉使うねえ。あんたみたいなのって皆そうなの? まあいいや。 そういうこと。 だからさ、夕方、自治委員会室の近くには行かない方がいいよ。 うん、そう。 その辺りだったんだよ。 ・・・あ、怖くなってきたんでしょ。 だから、早めに帰れば大丈夫だよ。それ言っときたかったの。 友達だしね。 え?まあ、同じ教室で勉強してるしさ。隣になる事も多いし。 いいじゃん。そういうことで。 あ~、そうだ、あんた髪型変えれば?もっと良くなると・・・。 あああ、行っちゃった・・・。 「え?幽霊?」 大野が持ち出した話に咲は少し眉を吊り上げる。 「ええ。最近、サークル棟で幽霊の叫び声が聞こえるそうですよ?」 そうニコニコと笑いながら話す。今は7月の終わり。 夏コミまで後20日を切ったある日の事。たしかに、そういううわさで構内は持ちきりだった。 「なんだよそれ~。中学や高校じゃないんだからさ~。」 そう興味なさげ、といった表情で咲はパソコンへと目を移す。 「でも、たくさんの人が聞いてるのは事実だそうですよ。」 そう、荻上も発言する。 「私も・・・、聞いたって言う人から話聞きましたし。」 「マジで?どの辺でよ。」 「自治会室らしいですが。」 「はあ?北川さんも、その相手もとっくに卒業してるからそういうこっちゃねーだろうしな・・・。」 その咲の発言にはてなマークを出す荻上。 「まあ、その線ではなさそうですね・・・。」 昔だったら「咲さん下品!」とか言ってそうなものだが、その辺は成長したということか。 「それで?なんでまたそんな話題をさ・・・。」 「私としては、早く帰ったほうがいいと・・・。」 荻上がした発言に、咲はすこしの間をおいて同調する。 「・・・そうだね。そのほうがいいかも。なんか妙な事かもしれんね。」 「え~、咲さん、そういうの信じるんですか~?」 大野が意外、といった表情で咲を見る。 「いや、そうじゃなくてさ。リアル怖い人がいたりとか・・・。」 「ああ、そういうことですか・・・。」 大野は、なるほどと得心したような顔をした。 「そういうことなら早めに帰るようにしようか。」 そこまで黙った聞いてた笹原が苦笑いしながら話す。 「でも、笹原さんがいれば安心じゃないですか?ねえ、荻上さん。」 と、大野は少し笑みを浮かべた顔で荻上を見る。 「・・・そこでなんで私に話を振るんですか。」 「いいえ~、別にぃ~?」 睨む荻上に、ニコニコ顔の大野は視線をそらした。 ああ、その事は真実だ。 大学闘争というのは知っているかね? ああ、そうだ。自由を勝ち取るために一部の学生が蜂起したあの一連のな。 あの事件で、一人の女性がな・・・。 ん?何、その人とは一緒に話したりした事があってな。 もう昔の話だよ。 その人は別に闘争に参加しているわけじゃなかったのさ。 ただ、平和な大学に戻って欲しかった。 その最中だ。 事故であの人は死んでしまった。 事故なのか、と?そうだな、私は見ていたから。 たまたま部屋に入ってきた石に当たってしまってな。 その部屋が、丁度今のサークル棟、自治会室の場所、ということらしい。 ん?幽霊? 馬鹿いっちゃいかん。 あの人が死んでしまったときに、闘争は止まった。 彼女は、犠牲になってしまったが、望む形にはなったのだ。 だから、彼女が誰かを恨むとは思えん。 ・・・叫び声が? う・・・む・・・。 ん?気になる事でも、と? そうだな、ぶつかった瞬間に彼女は大きな声を上げていたのも事実だ。 空を劈くような声をな。 万が一、ということは、もしかしたら・・・。いや、ありえんな。 そうだ、そんな話はどうでもいい。 お前、9月の卒業まであと一年だぞ? 就職とか考えているのか? まったく・・・なんかよく分からんカッコばかりしとるそうじゃないか。 ・・・一応考えはある?そうか。ならいい。それではな。 「でも、いわくつきなんですよ~、あそこ。」 「え、マジで。」 大野が発した言葉に心底嫌な表情をする咲。 「ええ、聞いた話なんですがね。あそこで一人の女性が死んだと・・・。」 「マジっすか・・・。」 荻上も青ざめている。 「ちょっと気になりません?」 「いやあ、まあ、そりゃあ・・・。」 「気にはなりますけど・・・。怖いっすよ・・・。」 咲と荻上が続けて言葉を返した。 「あら~、意外と臆病なんですね~、皆さん。」 大野は相変わらずのニコニコ顔で話を続ける。 「丁度夏も本番になってきましたし、肝試しでもと思ったんですが・・・。」 「「絶対反対!」」 咲と荻上がはもって返す。 「でも、幽霊なんていませんよ~。」 「だからいったろ?変なのが出るかもって。 ああいう怪談の類って言うのは大概そういうもんが曲がって伝えられたもんだし。」 「そういうよね。あまり危険なまねはしなういほうが・・・。」 性格同様慎重な笹原はそう進言した。 「大丈夫ですよ!そういう事件は起こったなんて話聞いた事ありませんし!」 「私らが第一号になるって可能性があるだろうが!」 「そうですよ。そんなことしたくはありません。」 咲と荻上の反論に、眼が光る大野。 「あ~、そうですか、そうですか。 フフフ・・・私があなた方の弱みを握っている事をお忘れで・・・?」 ビクッ、と二人の体がはねる。 笹原は不思議そうにその様子を見ていた。 「あ、あんた・・・。」 「せ、先輩・・・。」 「いいですね?明日、いきますよ~!!」 え、詳しい話を聞かせてだって? うーん。あんまり思い出したくないんだけどね。 なんていうのかなー、ものすごく悲しげでね? よくさ、絹を切り裂くような叫び声って言うだろ? あんな感じ。 金切り声とも言うけど。 そう、びっくりしちゃってさー。 マジで北川先輩に連絡入れようかと思ったぐらい。 え、しなかったのかって? するわけないじゃん。 したら怒られるよ。 今普通に結婚して大学の事なんて気にしてられないでしょ。 そこは何とかこらえたって訳。 でさ、その声って必ず夕方7時ぐらいから始まるの。 絶対って訳じゃないんだけど。 人が多いときは特に。 え?多い方が起こり易いのかって? そうなんだよ。 幽霊らしくない?そういわれればそうかもな・・・。 でもさ?姿が見えないんだぜ? やっぱ幽霊かもなって・・・。 自治室、いけなくなっちゃったよ。 後輩達が可哀想だけどさ・・・。 鍵?持ってるよ。 ああ、そういうことか。そういうことなら渡してもいいや。 頼むよ。 後輩達のためにもさ。な。 「皆さん、ちゃんと来たようですね~!」 満面お笑顔で、大野は皆を見渡す。現視研部室内である。 「来たよ、来たさ!」 「・・・うう・・・。」 もはややけくそと言う感じの咲と、おびえる荻上。 今時刻は19時。まだ外は少しだけ明るい。 しかし、映る夕闇で逆にサークル棟は不思議な怪しさを醸し出す。 オレンジ色に染まる構内は不思議な光と影のコントラストを放ち、 噂のせいもあるだろうが、大学自体のないこの時期には人も少ない。 そんな何かが起こりそうな幻想的でかつ異次元へと引き込まれそうな不思議な時間。 それがこういう時間帯だ。 「で、なにをするのか俺はまだ聞かされてないんだが・・・。」 ワイシャツ姿でその輪の中にいる斑目は、なにが始まるのかとドキドキしていた。 「まあ、肝試しです!」 「き、肝試しぃ?そんなラブコメで使い古された事を・・・。」 「今噂があるんですよ!女性の叫び声が聞こえるって・・・。」 「ま、マジか?!」 そういわれて顔に冷や汗が出る斑目。 「大丈夫ですよ!」 なぜか自身たっぷりに言い放つ大野に、田中も苦笑い。 「た、田中~、どういうことよ~。」 「いや、俺もね、さっき聞かされたばかりなんだよ。」 急に呼び出されてさ、と付け加えた。 「では、ルールの説明をします!」 「ルール?皆でいくんじゃないの?」 咲は怪訝そうな顔をする。 「いーえ、それでは何にも面白くないじゃないですか!」 大野の言うルールはこういうものだった。 二人づつ行く事。身の安全を考え、男女のペアで。 「自治会室の前にある『自治会への意見アンケート』持ってきて戻ってくればOKです!」 いや、最初はマジか?と思ったよ。 確かに聞こえるんだ。 そう、叫び声がさ。 なんていうのかな、昔あったじゃん、怪談物のアニメ。 そっちじゃない。 そうそう、原作がないほう。 あれでさ、なんとか、って化け物出てきただろ。 えーと、ああ、そうそう、それ。 それだよ、その声にそっくりだった。 ・・・嘘でもついてると思うのか? じゃあ、このあと行ってみればいいよ。 行くんだろ?もちろんな。 自治会室の近く、って言ってたからそれまで油断してたんだけどさ。 そうじゃなかった。 いやあ、もちろんさ、自治会室の近くだったらまだ分かるんだけどさ。 いや、聞こえてきても嫌だけどさ。 納得は出来るじゃん? そうだろ? でもさ・・・。 まったく違うところで聞こえてきた訳。 周りに人がいなくてさ、それがまた怖いわけ。 大野さんもびっくりしちゃってさー。 とりあえず自分で言い出した事だろ? 早めに自治会室行ってアンケートとってすぐに戻ってきたわけ。 え?大野さん?なんか分からないけど怒ってるよね。 俺もさ、妙には感じたんだけど・・・。 まあ、いいや。 とにかく気を引き締めていきな。 「ちょ、ちょっと早く行き過ぎないでよ。」 咲はビビりながらも斑目の後をついてくる。 クジの結果、一番手大野・田中、二番手咲・斑目、三番手荻上・笹原となった。 すぐに出発した大野・田中組だったが、なんと本当にその声に遭遇してしまったらしい。 そこでやめればいいものを、なぜか機嫌の悪い大野は続行を言い放った。 「大野さん、なにムキになってたんだろうなあ・・・。」 斑目はそういいながらも歩を進める。咲の声は聞こえていないようだ。 「だから!早くいくなって言ってんだろ!」 咲に後頭部を叩かれる。 「いてぇ!何すんだよ!」 「話聞けっての!」 「あ・・・、スミマセン・・・。」 「うむ、素直でよろしい。」 そういって二人は並んで歩を進めていく。 「・・・あー、やっぱ高坂は来れんかったんだ。」 「まあね・・・。缶詰だってさ。」 寂しそうな咲の横顔に少しいじけた気持ちになる斑目。 「でもさ、春日部さん意外とこういうの苦手?」 「・・・ああ。子供のころね、肝試しで思いっきり人に脅かされてね。 それ以来、駄目。分かっててもお化け屋敷も駄目。」 咲が身震いをしながら歩く。 その意外な一面に少し顔を赤らめる斑目。 ザザザザザザ・・・・・・。 「キャ!」 叫び声を上げてその音にびっくりする咲。拍子で、斑目の手に縋り付く。 胸が、腕に当たる。やわらかい。 「ちょ、ちょっと春日部さん!」 「あ、ご、ごめんね。び、びっくりしちゃって・・・。」 「外の木が風に揺れた音だって。あはは・・・。意外だな、本当。」 「う、うるさいなー。」 ちょっと幸せな斑目だった。 ん? ああ、そうだな、この辺ではそういうケースも少なくないかも。 まあな、そういうことも・・・。 え、そういう時は? うーん・・・。そうだなあ。 え、そういう漫画があったって? なるほどなあ、よく分かってる人が描いてるのかもな。 そうだな、まず、刺激しないこと。 あと、場所が問題なければほっとくことだ。 いずれ子離れするときに放置される。 そうさなあ、天井裏とか?そうだなあ。 叫びに似てる、っていうのは確かだよ。 昔はだな、その声を地獄の叫びだとかもな。 え? ああ、そうだな、どこかに穴はあるだろう。 部屋の外をしっかり探してみるといい。 夕方くらい? そうだな。 でも、危険もあるぞ。 ああいうのは病原菌ももっとるから慎重にな。 まあ、お前のようなタイプは大丈夫か。 でも、そんな事聞きに来るなんて興味あるか? ・・・ない?そうか、残念だ。 ここの校舎は文系だからなあ。少し先生も寂しいんだよ。 ははは。冗談だよ。 まあ、就活頑張れな。 「ここですね・・・。」 戻ってきた斑目と咲には、何も起こらなかったらしい。 続けて出てきた笹原と荻上も、順調に自治会室前に到達できた。 「今日は誰もいないようですね・・・。」 荻上は静まり返った自治会室の様子を覗う。 「あー、今日は休みなんだって。知り合いの自治会員が言ってたよ。」 「はあ・・・。」 意外と平然としている笹原を見て、少し心が落ち着いていた荻上。 いつものような調子に変わっている。 「じゃ、これ持って帰りましょう・・・。」 そう、荻上が言った瞬間。 ぎぇぃいいえええええええ!!! 「ヒィ!」 荻上はその声に驚き、体をビクつかせた。 「も、もしかしてこれ!?」 すぐさま荻上は笹原の近くに移動した。おびえきった荻上を横に、笹原は少し笑う。 いまだにその声は続いている。 「あー・・・。やっぱりそうなのかなあ・・・。」 「な、何平然としてるんですか!?は、早く帰りましょう!」 「お、荻上さん、興奮して服引っ張らないで・・・!」 荻上は笹原のTシャツを引っ張りながら帰る方向へ歩き出そうとしている。 「俺、この部屋調べてみるから、荻上さん、先戻っててもいいよ。」 そう笹原は言うと、鍵を取り出した。 「ええ!?何言ってるんですか!取殺されますよ!」 「いやいや、これ幽霊じゃないでしょ、きっと。」 そう苦笑いすると、部屋へと入るために扉に近づく。 「ほ、本気ですか!!」 「ちょっと思い当たる事があってさ。だから、嫌なら先に・・・。」 「待ってください!笹原さんが危険な目にあったらどうするんですか!」 「大丈夫大丈夫。」 「だから・・・。私も、付いて行きます!」 ああ、そう、鍵はその知り合いからね。 え、そうだね、今は収まってるね。 なんで、そう思ったかって? そうだねえ。 たまたま、なんだけどさ。 サークル棟に入ろうとしたときに、よく黒い影が見えたんだよ。 その影、サークル棟に向かうんだけど、途中で消える。 それが見え初めてからなんだよね、噂が流れるようになったの。 うん、そう。 昔見た漫画にね、そういうオチのがあったんだ。 そんな漫画みたいな話って? そう、俺もそう思ったんだけどさ。 そういうのに詳しい先生に話を聞いたら、ありえなくはないってさ。 うん、そう。 だからね、確認してみようって。 なんで、こんな時間かって? ああー、今日休みって聞いてたしね。 昨日はまだ俺も確証なくてさ。 今日なんだよ、その先生から話聞いたの。 春日部さんのいってた事もありえなくはなかったから一応反対したんだけどさ。 で、今日確信したから肝試しのついでに見ちゃおうかなって。 うん、そう。 ああ、窓の外。 そうそう、あそこ、穴あるね。 ああいうところに入っちゃうんだって。 回り、木が少なくなってるからねえ。 そうだ、あそこ、開きそうだね、天井。 見てみるね。 うん、大丈夫だって。無茶はしないよ。 「やっぱりかあ。」 笹原は天井裏を覗き、懐中電灯を照らしながらぽそり、と呟いた。 「え、本当にいたんですか?」 「うん、小さいカラス四羽と、親。いるね。」 そういうと、天井裏に入れていた顔を下に戻した。 三脚から降りてくる笹原。 「やっぱり、カラスの鳴き声だったんだねえ。」 笹原は前からトリのような黒いものがサークル棟に向かいながらも、 消えるのを何度か目撃していた。そして、この事件である。 「昔読んだ事がある漫画にそういうネタがあってさ。 女性の叫び声が!って実はカラスの鳴き声だっていう。 変に反響してこうなる事もあるんだってさ。」 こんなことあるんだね、と付け加えた。 「はあ、びっくりしましたよ。笹原さん、怖いもの知らずかと・・・。」 ちょっと頼もしかったな、と心の中で思いつつ。 「いやあ、俺も幽霊とかマジで出られたら怖いけどさ。 十中八九これだと確信あったし。まあ、怖くはなくもなかったけどね。」 苦笑いしながら、荻上の前だからこそ平気だったのかもしれないと思った。 「じゃ、帰りましょう。答えをお土産に。」 「そうだね。よかったよかった。」 そういいながら自治室から出て行く笹原と荻上。 鍵を閉め、部室へと向かおうかと思ったその矢先。 ボヤー・・・・。 変な影が、廊下の向こう側に見えるのが分かった。 もうすでに日も落ち、周囲は暗い。 「へ!?」 気付いた笹原が、素っ頓狂な声を出した。 「ヒィ!」 同様におびえる荻上。そして、接近する白い影。 「お、荻上さん!」 笹原は、荻上の手を引き、反対の方向に逃げ出した。 いや~、なんですか、大変でしたよ~。 あの暑い中、こんなの着て待ってるわけですから。 ええ、そうですよ。 もちろん、会長のご意思には逆らえませんからなあ。 いやいや、そうじゃないですよ。 私めは、自分の役目というものをですね・・・。 ええ、まあ、悪い事というか・・・。 イベントじゃありませんか。 声が響いたときは怖かったですがね・・・。 聞き耳立てるとカラスだと。 え? なんであなた方だけをって? そりゃ、そう言われたからですよ。 ええ、そうですよ。 あああ、そう怒らずに。 私としても、楽しめましたしですね・・・。 いやいや、本当、悪気があった訳では・・・。 本当ですって。 でも、流石ですなあ。 いや、あの姿、かっこよかったですよ。 少し、手をとって走って逃げた後。 荻チンを後ろに回して私を迎え撃つ形になって。 え?お世辞言ってもしょうがないって? まあ、そうですよね・・・。 ええ、そうですよ。 足がひっかかりましてね。転びましたよ。 頭が微妙に痛いんですよ。打ったみたいで。 え、許してくださる? ああ、さすがお優しい。 ・・・で、いつまでお二人手を握ってらっしゃるのですか? ああ、すみません、野暮なことでしたね。 「大野先輩・・・!!」 怒りに満ちた荻上と、苦笑いした笹原、そして頭を抱えた朽木が登場したのは、 20時を回った辺りだった。 「あ、あはは~・・・。ばれました?」 作り笑いをしながら大野は視線をそらす。 「朽木先輩使ってこんなこと企んでたんですね!」 「まあ、まあ、いいじゃないですか~。」 そういいながら、大野は荻上の肩を叩いた。 「へえ、だからあんなに積極的だったのか。」 咲はあきれるような顔をしながら、パソコンを弄くっていた。 「まあ、あと、原因も分かったよ。カラスが自治会室に巣くってただけ。」 「はん、そんなもんだよな。幽霊の、姿を見たり、枯れススキってな。」 斑目が、いつもの皮肉そうな顔で言う。 「あ、そうだ!朽木君!」 大野は思い出したように叫ぶ。 「はい?」 「私達のときに、何かしたでしょう!!」 「いーえ?」 大野の怒りに、朽木は心底見に覚えがない、といった表情をした。 「だって、カラスが原因なら、なんで私達はあんなところで声を!」 「私め、自治会室の近くから動いてませんから・・・。」 その言葉に嘘はないのだろう。嘘をつくなら、この男は分かりやすい。 「じゃ、じゃあ、あの声は・・・!」 顔が青ざめてくる大野。荻上も、咲もその怯えきった声に顔が青ざめる。 「ま、この世の中不思議な事のほうが多いよね・・・。」 そう笹原がぼそり、と呟いた。 おお、どうした。 ああ、そのことな。 わかった、そういう事になるわけだな。 うむ、それでいいと思ったならそうしなさい。 ああ、そうだ。 前に話したあのことだがなあ。 え、カラス? らしいなあ。 話に聞いて、やはりか、と得心したものだよ。 しかもなあ。 場所だよ、場所。 あの事件が起こったの、違うんだよ。 勘違いしててなあ。 あの人はな・・・。 ん? ああ、そうだ。 なんで知ってるんだ? そこだよ、そこ。 そこでなくなったんだ。 ん? どうした、顔が青いぞ。 まあ、そういうことだ。
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/432.html
まだらめメモリアル攻略日記 【投稿日 2007/01/09~】 カテゴリー-斑目せつねえ まだメモ-咲 まだメモ-荻上 まだメモ-荻上ノーマルend まだメモ-恵子【1】 まだメモ-恵子【2】 まだメモ-大野
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/32.html
女性向け同人における男達の考察 【投稿日 2005/11/07】 カテゴリー-現視研の日常 「しかし、女っていうのは何でヤオイが好きなんだろうな?」 それは唐突な斑目の一言から始まった。 「え・・・。なんでまた。」 ちょうど、笹原は少女漫画の名作、『森と嵐の唄』を読んでいるところだった。 その内容は現在における女性オタクたちによるヤオイ、BLの源流とも呼べるものである。 女性向けではあるものの、男も読めなくはない内容ではある。 「ヤオイだけじゃなくボーイズラブっていうのもそうなんだけどよ。 なんでなんだろうなっと。」 「うーん。確かに、この漫画でもそういう描写が主ですからねえ。」 「まあ、なに、そこには俺らにはわからない何かがあるんじゃないのか?」 そこで発言をしたのは田中だった。 「田中はどうなのよ。大野さんは読んでるんだろ?そういうの。変に思ったりはしないのか?」 「いや、別に・・・。 前から交流のあるコスプレイヤーの女の子達は大概多かれ少なかれそういう気はあったからね。 男における「萌え」と似たようなものじゃないのか?」 「いや、それは違うだろ。 仮に「萌え」=「ヤオイ」ならば、そこには決定的に違いが露呈するじゃないか。」 斑目が言った言葉に田中も笹原も考え込んでしまった。 「か、絡みとかってこと?」 そこまで黙っていた久我山が発言する。 「そうだ、「萌え」は単体でも成立するわけだが、「ヤオイ」は男の絡みが必ず入る。 もちろん、「萌え」においても「絡み萌え」が存在するわけだが・・・。」 「なるほど、男同士の絡みを確実に入れているわけですね。」 「うーん、確かに。濃度の違いはあるにせよ確実に描写はされるな。」 一同納得である。 「となると、「ヤオイ」はなぜ女性に支持されるのか。」 「男の「百合」好きとはまた違うんですかね?」 笹原が上げたのは女性同士が愛し合ういわゆる「レズ」を題材としたものである。 「うーむ、「百合」は「ヤオイ」ほどの潮流にはなっていないからな・・・。」 「そ、そうだよね。た、確かに「百合」好きは少なくはないけどさ、 や、「ヤオイ」ほどの人気はないよね。」 田中と久我山により笹原の意見は却下される。 「そう、そこがキーとなるんじゃないのか? 女性の嗜好にそこまでフィットした「ヤオイ」の良さ、それはなんなのか。 ここで「ヤオイ」の特徴を挙げていってみよう。」 立ち上がり、いつもあまり使われることのないホワイトボードを移動させる斑目。 「そうですねえ・・・。「男同士の絡みである」。」 「確かにそうだな。」 「後はそうだな・・・。「実在の人物も取り上げる」。」 「え?マジっすか?」 田中の発言に驚いたのは笹原。 「知らないのか? ジャージズ事務所あたりからビジュアル系バンド、スポーツ選手、政治家まで幅広くな。」 「うはー、俺そこまでのは知らなかったすよー。」 「まー、比較的マイナーではあるジャンルだよな。」 斑目がそれもホワイトボードに記入する。 「そ、そうだな・・・。け、「決してエロが前提ではない」。」 「ああ、あるね、エロなし「ヤオイ」。」 「そういうのだとまだ読めるのってあるんですよね。」 「まあなー。しかし男が熱烈に絡みだすのだともう読めないがな。」 「そ、それもそんなに少なくはないんだよね。」 「それも特徴だな・・・。」 そこまで意見が出たとき、一人ここまで話してなかった朽木が発言する。 「はーい、はーい、特徴言えますにょー。」 「・・・ま、いってみろ。」 少しうんざりした表情で指名する斑目。許しがきて朽木は嬉々とした表情になる。 「「気持ちが悪い」!!」 「「「「それは特徴じゃない!」」」」 全員から否定されて落ち込む朽木。 「まー、朽木君は置いといて・・・。まあ、こんなところか?」 「そうだな・・・。あとは「ヤオイ」の語源もチェックしておくべきだろう。」 「えっと、「やまなし」「意味なし」「落ちなし」でしたっけ。」 「そう、その通りだな。」 「な、何でそうなったんだろうね。」 「昔の同人で書かれてたころ、そういう系の本が大概4Pぐらいの内容だったからだそうだ。」 「まー、諸説あるからどれが正解かはわからないんだけどね。「萌え」と一緒さ。」 ここまでの内容が記載されたホワイトボードを、斑目が軽くたたく。 「ここまでの内容でどうだ?わかったことはあるか?」 「んー、そうですねえ・・・。」 少し考える一同。朽木は相変わらず落ち込んでいる。 「一つ思ったことなんですが・・・。」 おずおずと声を出したのは笹原。 「なんだ、言ってみろ笹原。」 「俺たちはキャラを見るときにその特徴や正確、容姿や環境で萌えたりするわけじゃないですか。」 「たしかにね。 まったく同じ設定のキャラでも、眼鏡一つで違うものな、感じ方が。」 「だけど「ヤオイ」の場合は、一人一人の特徴とかよりも関係性に重点をおいてるような・・・。」 「な、なるほど。だ、だから、お、男同士が必ず絡むのか。」 「女性は単体の特徴よりも関係性のほうを好む、ってことか。」 そういって斑目は青い色のマジックでボードに「関係性が重要」と記入する。 「確かに、少女漫画には恋愛色、つまり男女の関係性がメインだ。 いや、それしかほぼ無いと言ってもいいだろう。」 「し、少年漫画にもラブコメはあるけど、き、キャラ個性を強く押し出してるしね。」 「ふむ。かといって俺たちがキャラの関係性をまったく無視しているわけではないだろう?」 「それもそうですね・・・。でも、女の人もキャラの個性を無視してるわけじゃないっすよね。」 「どっちよりかってことだろう。比重をどっちにおいてるか。」 「そ、そうだね・・・。あ、あと、何で男のみなのかってこと。 こ、これがわからないと「ヤオイ」には人気があるのかっていうのはわからない気がするな・・・。」 そこまでいって、考え込む男達。 「そうだ、こういうのはどうだ?」 そういったのは斑目。 「物をキャラ化するブームがネットであったじゃないか。」 「ああ。あったね。びん○ょうたんとか。」 「あれの主導は男にあったっていうのに異論はないな。」 「たしかにそうっすね。好むのは男だと思いますけど・・・。」 「そう、男っていうのは極化するとキャラありきで萌えることが出来る。」 「ああー、そ、そういうのって多いよな。」 「そしてそこからキャラ周辺の状況などを生み出していくわけだ。」 「あー、O○たんとかそんな感じでしたねー。」 「逆に、女が極化すると、シチュエーションありきで萌えることが出来るってことなのでは?」 おおー、と歓声が上がる。 「つまり、「ヤオイ」はその語源からもあるように、前後の深い設定や、キャラの描写はなくとも、 ある特徴を持った二人がある一定状況で絡んでるだけで萌えられる、ということか。」 「そうだ、田中が今まとめたとおりだ。「ヤオイ」も、萌えの一種ではということだ。」 「でもそういう関係性を持ってくるのには男同士じゃなくてもいいのでは?」 「あ、き、聞いた事あるんだけどな、お、女の人って男の友情みたいなものが不思議に見えるって・・・。」 「女性は女性の感性を知っているから、好きな状況を考える上で女性性は違和感につながるんだろう。 そこで、久我山がいったとおり未知の領域である男の友情を持ってくる・・・。」 「そしてそれを徹底的に自分が好きな状況にしてしまうわけだな。 なるほど、男に理解できない、女のみが作れる理想世界を構築するわけだ。 もしそうなら人気が出るのもわかる気がするな・・・」 ある一つの結論にたどり着き、皆一端息をはく。 「でも、これって当たってるんですかね・・・。」 「どうだろうな・・・。いいところはついてるとは思うんだが・・・。」 「なあ・・・。」 そういって少し斑目が黙る。そして次に口を開いて出た言葉は。 「本人達に聞いてみるか・・・?」 「本人たち?ま、まさか・・・。」 「お、大野さんと、お、荻上さんにってこと?」 そういうと皆の顔に冷や汗が流れる。 「いやいや、すまん、言ってみただけだ。」 「そう、そうですよね。そんなこと聞けるわけが・・・。」 「大野さんはともかくとして・・・。荻上さんに聞いたらマジ切れされるだろうな・・・。」 安堵の空気が皆を包む。と、そこで誰かがドアを開けた。 「こんにちは。」 入ってきたのは荻上。 「こ、こんにちはー。」 「や、やあ。」 口々にあいつを交わすもののどこかぎこちない男達。 「?なにかあったんですか?」 部員達の態度の異変を感じる荻上。 しかし、その目にホワイトボードの内容が目に入るのは時間の問題だった。 「・・・。」 無言になって席に座る荻上。明らかに不愉快になっているのがわかる。 (やっべーよ、来る事考えてなかった・・・。) (明らかに怒ってますよ!オーラがでてます!) しかしここでホワイトボードの内容を消しだすのも勇気がいった。 「あのー。オギチンー?」 そこで空気の読めない男、朽木が荻上に声をかける。 「・・・。何ですか?」 よりにもよって声をかけたのが朽木である。さらに不愉快さを滲み出す荻上。 「なんでヤオイ好きなの?」 かーっと顔に血が上る荻上。男四人がビクッと体を跳ねさせる。 「な、なにを聞いてくるんですか!!!!」 「先輩方が何で女の人はヤオイが好きかって言う論議をしてたにょー。 そこで実際に聞いてみようかなーって思ったにょー。」 「・・・!」 言葉の出ない荻上に対し、朽木はさらに突っ込みをかける。その間も、声を出せないヘタレ四人。 「で、何でなのかにょー?」 「どうしてにょー?」 「答えてほしいにょー。」 しつこく聞かれ続け、ついに荻上の臨界点がマックスを超えた。 ガターンと立ち上がり、息を荒げる荻上。すでに涙目になっていた。 そして窓に向かってダッシュし始めた。 「と、とめ・・・・。」 斑目が言うより早く、笹原が窓の前に立って食い止める。 「お、落ち着いて、荻上さん。」 「いかせてください!もう嫌です!」 捕まえた笹原の腕の中でなおも暴れる荻上。そこに更なる来客が登場した。 「ういーっす・・・。ってなんなんだ、この状況は!」 「あ・・・。」 咲と高坂である。 「あ、春日部さん、いいところに来た。荻上さんがまたダイブを・・・。」 「ええー!なにが原因なんだよー!」 その言葉に合わせて四人の視線は一人に集まる。朽木。 「またお前かー!!」 ばちこーん!! またもビンタで朽木を屠る咲。くるくる回転しながら朽木は落ちた。 「ほらほら、もう大丈夫だから落ち着きなさい・・・、ってまたすごい状況だね・・・。」 はっと荻上が我に帰ると、自分が笹原の腕の中にすっぽり納まってる状況になっている事に気付く。 「あああああ!も、もう大丈夫ですから!」 顔を真っ赤にして腕から逃れようとする荻上。 「そ、そう・・?ご、ごめんね・・・。」 「・・・べ、別に謝らなくたっていいですよ・・・。」 ようやく落ち着いた荻上は、ゆっくり席に戻る。笹原も。 「ったく・・・。 しかし、だいの男がそろいもそろって何でクッチーがやること黙ってみてたんだよ。」 「あ、もしかして原因はあれですか?」 そういって高坂は目線をホワイトボードにやる。 「いや、荻上さんが来る前に見ての通りの論議をしてたんだが・・・。 そういうことを考えずに盛り上がってしまって。一応来たあとはやめたんだがな・・・。 朽木君がこのことを荻上さんにしつこく聞いてしまって・・・。」 「何でヤオイがすきなのかって?」 「そういうこと。止められればよかったんだが、下手を打って興奮されすぎてしまうのもと思ってな・・・。」 咲はそこまで聞くと、目線を荻上に向けた。 「何で?」 「聞くのかよ!」 そういって抗議の声を上げたのは斑目。 「だって知りたいじゃない。」 そういってニヤニヤ顔になる咲。荻上はうつむいて答えようとしない。 「あー、まあ、そこまでにしようよ・・・。」 「えー、笹やんは知りたくないのー?」 「いや、まあ、興味はなくはないけど・・・。 でも、ここまで嫌がってるのを聞くのはよくないよ・・・。」 「ふーん、まあ、会長様がそういうならね。」 そういって、咲はそれ以上の詮索をやめにした。 「じゃ、大野が来たらきこ!」 「ま、まあ、話してくれるならね・・・。」 「いやー、話すでしょ、あいつなら。ね、田中ー。」 「ん・・・。だろうね・・・。」 そういって苦笑いする田中。そしてタイミングよく来るものである。大野が入ってきた。 「こんにちはー。アメリカの友達から電話があって遅れちゃいましたよー。」 ニコニコ顔で入ってきた大野はその空気がいつもと違うことに気付く。 涙目の荻上、ニヤニヤ顔の咲、冷や汗だらだらの男達(高坂は除く)、落ちてる朽木。 「な、何かあったんですか・・・・?」 「いやね、男供があのボードの通りの議論をしてたんだって。 まー、それでいろいろあったんだけどさ。」 「へ・・・?「第一回なぜ女性はヤオイ好きか会議」?なるほど・・・。」 「まー、あんたの口から回答を、と思ってね。」 「えー、私が言うんですかー?」 大野は、そうはいっても、顔が笑顔である。 「そう。いえるっしょ。」 「えー・・・。でも男の人にはわからない感性ですからねえ。」 「そういうもんなの?」 「私にもよくわからない部分はあるんですよ。口でいくらでもいえるんですけどね。 こういうシチュエーションで、こういう台詞があるとすごいいいとか。 でも、なんで?って改めて聞かれると・・。」 「よくわからないってこと?」 「そうですね・・・。そういうことですね。」 「そういうものって嫌いになろうと思っても無理ってことか。」 「ですね。恥ずかしいことなのかなって思ってた時もありましたけど。 もうはっちゃけちゃいましたし。」 「だなー。最近あんた会ったころよりより生き生きしてるもんねー。」 女達の会話を聞きつつ、緊張が解けていく男達。 「まー、なんだな。本人達にもよくわからん、ってことか。」 「確かに、俺たちも何でこのキャラが好きなのって言われたときに、突き詰めたらよくわからないっすよね。」 「そうだな。嗜好って言うものは何かよくわからんものに左右されてるのかもな。」 「ま、まー、とりあえず、お、落ち着いてよかった。」 荻上は二人の会話を聞いてないフリをして思いっきり聞いていた。 たまに頷きつつ、反論しかけてやめたりしながら。 今日も現視研は、騒動もありつつも、平和です。 「しかし、笹やんよく止められたね。」 「ああ、たぶんそうなるだろうなって思ったからね・・・。 その前に止められればよかったんだけど言葉が出なくて。」 「へー、で、オギーの抱き心地はどうだった?」 「へ?そんなの考える暇なかったよ・・・。あはは・・・。」 「オギーは?抱かれてどうだった?」 「なにを聞いてくるんですか! そういうことばっか聞いて頭の中ピンク色ですか!」 「あー、それ誰かにも言われたっけな・・・。 そんなにやらしいか?わたし。」
https://w.atwiki.jp/fujoshi/pages/13.html
腐女子に関係しそうな本や漫画について色々。 紹介文にも考察文にもなりきれず、なんとも中途半端。 簡単に指標を設けてみました。 腐女子関連度 ─ 腐女子に関係するもの(分析、考察、描写)をどれだけ含んでいるか おすすめ度 ─ 読み物としての面白さ(超主観) ※アフィリエイトについて※ アフィ厨ではないので、リンク先から買ってくださいとは言いません。 普通に検索して購入or書店でお買い求めください。 ただIDを設定しないと@wikiにお金が入るそうで、それはなんだか癪だと思い独自にID取得しました。 腐女子関連書籍 げんしけん 美少女 の現代史 げんしけん 木尾士目(著) 講談社、2002年。 腐女子関連度…★★☆☆☆ おすすめ度…★★★★★ 大学のオタクサークル(現代視覚文化研究会、略して現視研)を舞台に繰り広げられるオタクな日常を描いた作品。 コミケやコスプレといった話題から、恋愛や就活といった話まで。 どちらかというと、男性のオタクの比重が高いものの、腐女子についても観察がなされています。 作中に登場する主な腐女子は大野さんと、荻上さんの二人。 大野加奈子 げんしけんに登場する大野さんは腐女子かつコスプレイヤー。 腐女子の代弁者としてしばしば 春日部咲=一般(非オタク)人 大野加奈子=腐女子 という構図が利用されます。 荻上千佳 過去のトラウマが原因で、腐女子であることに後ろめたさを感じている。 その反動で、開き直った腐女子である大野さんとは対立。 最終的にはとある出来事を経てトラウマを乗り越え、大野さんとも和解する。 荻上さんの「どうしてそんなにホモが好きなんですか?」という問いに対する、 「ホモが嫌いな女子なんかいません!!」という大野さんの回答はネット上でAAまで作られたほど。 げんしけんには、オタク心をくすぐるあるあるネタが登場しますが、 中でも荻上さんの心理描写は秀逸だと思いました。 例えば荻上さんが大野さんを嫌うのは、一種の同属嫌悪、あるいは心理学で言うところの投射という防衛機制です。 同じ腐女子だからこそ彼女は、大野さんの行動が許せない、"痛い"と感じます。 もちろんこの背後には、荻上さんのトラウマが関係するのですが このトラウマとは現実の多くの腐女子が抱えている(であろう)後ろめたの原因とほぼ同義でしょう。 いささか乱暴かもしれませんが、これはそのまま、 ネットの腐女子による腐女子叩きに当てはめることができるように思います。 美少女 の現代史 ササキバラ ゴウ(著) 講談社現代新書、2004。 腐女子関連度…★☆☆☆☆ おすすめ度…★★☆☆☆ 1970年代以降の美少女に萌えてきたオタクの歴史を分析した新書。 男性のオタクについての考察が大半ですが、腐女子についても少しだけ言及しています。ホントに少しだけ。 第4章「美少女という問題」の中の「『かわいい』という価値観」や「視線としての私」 と題された論評は非常に興味深いと感じました。 著者自身もそう述べていますが、「かわいい」という価値観を与えられる存在から逃れようとし 「視線としての私」へなろうと試みたのが腐女子に他ならないからです。 ただ著者の、視線を投げかけることで実存を確立するという図式は若干の疑問があることを付け加えておきます。
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/351.html
アルエ・第四話 【投稿日 2006/07/01】 アルエ 朝 7 35 「ええ、さっき駅に着いて、今、一般行列の横、通ってます。ハルコさん達この中ですか?」 「そー。今、立ってるけど、そっちから見えないかな?」 「……いやあ、見えないですね。ハルコさん達は先に買い物するんですよね?」 「ぅ、うーん…。だからそっちのサークルスペース行くのは昼頃」 そこで大野がハルコの手から携帯を引っ手繰った。 「いいえ! ハルコさん、田中さん、私は着替えたら”スグ”行きますので。買い物は荻上さん”だけ”です」 言うだけ言って、大野は喜色満面でハルコに携帯を差し出した。荻上にふふんと鼻を鳴らして。 荻上はムッツリしてキャップを深く被り直す。 苦い顔でハルコは携帯を受け取った。 「……じゃ、そっちヨロシク…」 「……はい、じゃ、後ほど」 笹原はハルコの心中を慮って苦笑いを漏らした。しかし、裏腹に胸は高鳴る。 目の前に巨大なモニュメントの如き建造物が迫るにつれて、そのボルテージは確実に上がっていく。 「楽しみだねー」 真琴が携帯をしまい込む笹原を見ながら行った。 朽木は既に尋常ならざるシチュエーションに浮き足立っているが、真琴はいつもの笑顔で余裕がありそう。 やはりサークル入場に真琴を入れたのは正解だ。 「そうだねー」 「どっちが?」 「ふえっ?」 喉から素っ頓狂な音が飛び出して、笹原は言葉に詰まった。どっちがって…、どれとどれが? 真琴は無邪気に笑ったまま、 「どっちも楽しみだねー」 「ははは…」 笹原も合わせて笑った。 真琴はそのまま、朽木と話しながらすたすたと歩いていく。 笹原は息を整えつつ、真琴の後姿をじっと見つめた。 どっちって、当然、片っぽはサークル参加で、もう片っぽは…。 笹原は自分の胸の中だけにある答えを確かめる。そこには、確かに今日もう一つの楽しみなことがあった。 自分でも、それを楽しみだと確認することを無意識に避けていた楽しみ。 笹原は真琴の背中を見ながら思った。 やっぱりそうなのかなあ。女の子って、そういうこと本人以上に鋭いものなんだなあ。 楽しみは今、一般参加の列の中に紛れていた。 「ちょっといいですかネ…」 小さく手を上げてハルコは尋ねる。 大野は喜びに堪えない顔をしていて、田中は眉をひそめて汗をかいていた。 その汗の成分の半分は反省か申し訳なさで出来ているのかもしれない。 「今日…、マジでやるの…?」 「マジです!」 「でもぉ~…、サイズ測っただけで…、どんなコスするのか全然聞いてないんですけどネ…」 「心配ありません。ハルコさんは身を任せてくれればOKです」 「それが心配だっつってんだよ…。あれだよね…、親が泣くような衣装ではないのですよね?」 「むしろ親さえ感涙にむせび泣くこと請け合いです!」 言下に断言した大野であったが、その後、口に手を当ててニヒヒ笑いをしている姿を見るにつけ、 ハルコの不安はいやが上にも高まるばかりだった。 「大丈夫なんでしょうね…、こんな場所でトラウマ背負い込みたくないんだけど…」 「今日のフェスティバルに相応しい衣装ですよ。ねー田中さん」 語尾に『はぁと』とルンルンがつきそうな勢いの大野に、田中はお手製の作り笑顔を向けていた。 「そーだね…」 荻上が呆れ顔で指摘する。 「田中さん、目が死んでますよ」 「Shut up! コスプレ班でない人は黙ってて下さい」 「私…、いつの間にそんな班に入れられてたの…」 ハルコは溜息を漏らしたが、まあ、良しとした。 現視研初サークル参加のコミフェスにハルコもテンションのギアが一つ高かったのだ。 ともあれ、こうして『コミックフェスティバル 2004夏』3日目の朝を迎えた。 梱包を解いた先にはスカートを摘み上げる幼女会長のお姿が美麗に印刷されていた。 まるで初めて同人誌を手にしたような(というのは感動的なようで全然そうじゃない表現だが)気持ちで 笹原はじっとその会長を隅から隅まで見つめ尽くした。 ページをめくる。 「うわ……」 本当に自分達が描いたマンガが印刷されている。 「わーわーわー……」 本物の、本物の自分達が作った同人誌だ。 「いい出来だね。印刷ミスも無し」 忘我の心地であった笹原とは別に、真琴は落ち着を払っている。 地獄の一週間を経験していないからかもしれないが、これは真琴の元来の性格のせいだろう。 「じゃ保存用に……、20冊だっけ? 抜いとこう。それと提出用の本に見本誌票を貼んないと」 「あ、そーだね」 テキパキと段取りを進める真琴に引っ張られて笹原も設営の作業に移る。 今日はこれからが本番。まだまだこんなところで浸っている場合ではなかった。 さすが高坂さん、頼りになります。 設営が終わったスペースを前に、 「どう?」 「いい感じ、いい感じ」 特に派手なわけではないが、ま、こんなものだろう。 本が二段に詰まれ、表紙絵を流用したポップ。なかなか様になっているんじゃなかろうか。 「や」 「あ、高柳さん」 肩にタオルを掛けた高柳がやってきた。片手には同人誌を持っている。 恐らく漫研発行の新刊だろう。 「お~~、出来てるじゃない。いーねぇ」 「おかげ様で…」 笹原はいろいろな意味を込めてその言葉を言った。 この人には本当にいろいろ迷惑を掛けてしまった。主に春日部君が。 「その節は、本当に申し訳ございませんでした」 「まー、いーって…。俺も忘れたいし…。これ、ウチの新刊ね、とりあえず一冊」 いい人だなあ、高柳さん。 笹原はそっと高柳の幸福を願いつつ、同人誌を卒業証書を受領するような手つきで受け取った。 「あっ……、はい。じゃウチも一冊」 『ウチも一冊』っと言うのは、何だかゾクっときた。 そう、これはウチの同人誌なのだ。まだちょっと照れが入るが。 「ありがと。あっ、そうだ…」 そこで高柳は、また見慣れた表情をした。高柳の代名詞的な不表情である困り顔である。 ジト汗に押されるように眉尻が下がっていた。 「ハラグーロ来てるらしいから、気をつけてね」 「えっ……漫研のチケットで入ったんですか?」 「いや、大手サークルかどっかから入手したみたいね」 うわー、と思わず笹原は声を漏らした。あの人が絡むと本当にロクなことが無い。 ぜひ顔を出して欲しくない相手なのだが、いざ来たらどうしようか。 外にハルコも来ていることが脳裏を掠める。それと、今日は春日部が居ないことも。 今日は楽しい思い出になると決めてかかっていたというのに、まったく、出ばなを挫かれた。 「春日部君が居ないってのは、不幸中の幸いですかね…」 笹原は呟くように声を漏らす。気付けば高柳と同じ顔になっていた。 「あー、聞いたソレ…。正直スッとしたよ。……じゃーもう、みんな知ってんだ?」 高柳が訊いたのは、当然ハルコと原口の因縁のことだ。 ハルコが原口のせいで蒙った迷惑といったほうが正確かもしれない。 「ええ、まぁ、田中さん達から…」 高柳はまた眉尻を下げた。 「今日、斑目も来てんだよね…。顔合わさなきゃいいけどなあ…」 と、そこまでは真面目に心配そうにしていたのだが、急に何やら少しばかり恥かしげに高柳は頬を染めた。 そして真琴をちょっと気にする素振りをみせて、笹原に顔を近づける。 「斑目、コスプレするって言ってたけど、そーなの?」 んん? 「えぇ…。大野さんと一緒にコスプレで売り子さんしてもらう予定ですけど…」 「やっぱくじアンキャラ? 誰?」 「いや、知んねっす…」 「はぁ~~~、なんだろね…、目覚めたの?」 「いやぁ…、半ば無理矢理ですよ」 「まーそんなとこか…。じゃ、俺、自分のとこ戻るよ…。んじゃまた後で…」 「どーもー…」 笹原は高柳をいやに細い目で見送った。 横で真琴が笑顔でその光景を見守っていた。 「あ、そうだ。後で原口さん関係で断った人達にあいさつ行っといた方がいいかもね」 「あー……、そうかなぁ……」 笹原は生返事を返すのみだ。 幸いなことに、原口が現視研の売り場に顔を出すことは無かった。 今のところは。 10 00 会場にアナウンスが流れる。 『だだいまより、コミックフェスティバル2004夏 3日目を開催いたします』 「あれ…、大野先輩達はまだ来てないんですか…?」 意外なことにスペースに最初に現れた現視研メンバーは荻上だった。 笹原たちの予想では大野さん達が来るもの思っていたのだが。 荻上は夏らしいノースーブに、首にアクセサリーまで付けていて、それまた意外だった。 「どうですか、売り上げの方は…」 「ま、ボチボチかな。あっちから回って入って」 荻上は裏に回ると早速本を手に取った。 「あ、やっぱり気になった?」 「ええ……、一応自分も描いてますから」 荻上は刷り上った『いろはごっこ』を少し離して眺めると、笹原たちの目を避けるように背中を向けて目を通した。 「どう?」 笹原が尋ねる。 「まー…、いいんじゃないですか? 男性向けなんで、本当にこれでいいのかどうか微妙ですけど…」 荻上はそっと紙袋に本を戻す。 「でも、いざ本になると、感慨深いものがあるよね~~」 笹原は立ったまま肩越しに話しかけている。 荻上は二の腕を隠すように腕を擦っていた。 「まあ…、そうですね…。少しは……」 少し恥かしそうに笹原には見えた。 荻上が顔を上げると、目の前に笹原の背中がある。 それを見ていると、荻上の口は会話を求めているみたいに、むずむずと疼いた。 「……立ってやってるんですか?」 「ん?」 笹原が振り向いて、荻上はまた周囲に視線を逸らす。 「そっちの方が目立つかなって、高坂さんのアイデア」 「あー…、なるほど…」 また笹原が前を向く。また口がむずむずして、荻上は唇をこじる。 えーと…、何かねぇがな…。何か…、出来るだけどーでもいいやつ……、えーと…。 「大野さんたちは?」 荻上の筆が跳ね上がる。笹原に先に越されてしまった。 「入場で、別れたきりです…」 「へー、二人ともだから、時間くってんのかな?」 「あー…、そうかもしんないすね…」 「うん……」 「はい……」 「………………そっか」 笹原は、前を向いてしまった。ちょっと苦笑気味だった。 うーん、と荻上はまんじりともしない表情で背中を見つめる。 あ、お客だ。 「1部下さい」 「ありがとうございまーす」 笹原は子供のような顔で嬉しそうにお釣りを渡す。 荻上は少しだけそれを見つめて、またうーんと二の腕を擦った。 会話が続かない。まー、話すことがない以上、続かないのもむべなるかな。 どこかに話の取っ掛かりはないものだろうか? 荻上は一度はしまった同人誌を取り出して、パラパラとめくった。 そこは荻上と笹原が一緒に過ごした時間がたっぷりと詰まっていた。 くじアンの話にしようか、同人誌の話でもしてみようか。 久我山を含めて三人で缶詰した話はどうだろう。 私は途中で帰って自分の家で寝たけど、笹原さん達は毎日どんな風に朝を迎えたんだろう。 荻上は、小さく笑った。 別にわざわざ探すまでもない。もうみんなで一緒に過ごした時間がこんなにもあったんだから。 「同人誌、出せてよかったですよね」 「ん? ああ、本当、一時はどうなることかと思ったけどねー」 笹原は笑顔が堪え切れないような、そんな笑顔をしている。 荻上もつられて顔を崩しそうになって、キャップの鍔を深く引いた。 「もー、本見た瞬間に走馬灯が駆け巡ったよ」 「それ笑えないですよ」 荻上は苦笑していたが、心は弾むように軽かった。 こんな気持ちは、もうずっとずっと感じたことがなかった。楽しいと思った。 「でも、荻上さんには悪かったなあって思うんだよね」 笹原は通路を通る人を気にしながら、弱り顔を荻上に向けた。 「本当はもっと俺がちゃんとしなきゃいけなかったのにさぁ。結局シワ寄せいっちゃったし」 荻上は胸の奥がギュと鳴くのを聞いた。 頭にある光景が浮かぶ。 自分に掌を広げて精一杯強がった顔をしている笹原。そしてしたり顔でフォローをする春日部の顔。 『【女の子】だから負担かけないように』 その言葉が耳に木霊していた。 笹原は喋り続けている。 「ほら、だって荻上さんは…」 荻上は笹原を見上げる。顔が噴火しそうなほど赤く火照っている。それに気付いて慌てて顔をあさってに向けた。 いっそ何も聞こえないように、大声でも出してしまいたかった。 次に笹原の口から出る言葉を、聞きたいのか、聞きたくないのか。 今は、じっと笹原の声が耳に届くのを待っていた。 「1年生だから。いきなりいろいろやってもらうの、申し訳なくて」 「………いいっす、別に…」 がっかりなんかしてない、と荻上は自分に言った。 「どうぞご覧になって下さーい」 真琴の平べったい客引きの声が響いた。 「あ~~、スゴーイ! 本当にやってる~~!」 お昼近くになって大野率いるコスプレ班がやっと笹原たちの元へやって来た。 大野の格好はもちろん、 「お~~大野さん、副会長式典Ver.か」 「くじアン本ですからね!」 周囲の視線を集めて、コスプレした大野は実に堂々としている。 しかし、何だか妙に歩きにくそうだ。 だがそれでいて、大野は明らかにいつもより生き生きしていた。 「随分かかってたね…」 笹原は少しキョドリ気味に訊いた。 実はさっきから大野の後ろで小さくなってる影が気になっているのだ。 「あはは、ちょっと説得に時間を要しまして」 「説得じゃない…。脅迫でしょっ!」 ハルコは大野の背中に肩を丸めてしがみ付いている。頭にゴーグルが見えた。 「あ、いづみコスですか? ……あれ? でも…」 帽子じゃない。ねじり鉢巻? 「ほら! いい加減に覚悟決めて下さいっ!」 大野が勢いよく体を振り回す。 背中から追い出されたハルコはタタラを踏んでよろめき出た。両足の下駄がカランと鳴った。 壊れそうなくらい細く白い脚がホットパンツから伸びている。 対照的に真っ赤になった顔。纏った薄布の祭り半纏の合わせを自分の体を抱きしめるようにして閉じていた。 眼鏡のない瞳が、ちょっとだけ涙ぐんでいた。 「ちょ、え? それ、ええ~~~? 巻末の合作マンガのテキ屋コスじゃないすか…」 笹原は噴き出した汗と赤面を隠すように、手で覆って顔を伏せる。 でも、目はしっかりハルコの生脚に固定されてしまっていて、それが余計に恥かしく思えた。 「う~~ん、まあ、今日はお祭りだしね~…」 田中は自嘲気味に言った。が、何気に満足そうだ。仕事を終えた感を漲らせた顔をしている。 「ちょっとハルコさん。なに前を隠してるんですかっ!」 大野がさっきとは真逆に後ろからハルコに組み付いた。ハルコのこれまた細い両腕を鷲づかみにする。 「せっかく苦労して巻いたサラシが全然見えないじゃないですか!」 「いい、見えなくていいの!」 ハルコは体を丸めて必死に抵抗してる。 赤い顔をますます真っ赤にさせて、四角い駒下駄がカンカンと鳴る。 腰を落として抗う様は、まるで手篭めにされそうになるのを死力を賭して逃れようとする姿にも見え、 目の毒だ。 「ハルコさんでコスと言えば『へそ』なんですよ? ちゃんと皆に見せてあげて下さい!」 「誰が決めたのよぅ、そんなこと」 涙を溜めて抗議する表情が嗜虐心を刺激したのか、大野の悪ノリは止まらない。 「うふふ~~~、よいでわないか~、よいでわないか~……」 「ちょっと…、ほんとぅ、マジでやめて~~」 一時的に忘我の境地で大野攻め×ハルコ受けを鑑賞していた笹原だったが、 流石に周囲の皆さんの視線が痛くなってきたので止めに入った。 「ま、まあ、大野さん…、その辺で……。一応、公共の場だから……」 「むうう…。仕方ないですね。まったく意気地無しなんだから」 開放されたハルコはペタリと床に座り込んだ。それを大野が妙に勝ち誇った顔で見下ろしている。 ハルコは大野の影に怯えるように、またギュっと半纏の前を固く合わせた。 「ほら、サークルスペースの中に入りますよ。そんな所に座ってたら周りの迷惑です」 ついさっきまで周り人達の目のやり場を困らせまくらせていたくせに。 大野は愚図るハルコを手を引いて島の端へ歩いて行った。 笹原は小さく息を吐いた。 それはちょっと温度の高い溜息だった。 カメラのファインダーを覗いている田中に目をやる。 「時間が掛かってたの…は、こういうことでしたか…」 「まあねぇ…、相当ゴネてたみたいだから…」 「そんでよく着ましたね…、ハルコさん」 「まあ、それは何ちゅうか…、大野さんの力業かな…」 「力業ですか……」 あちこちに脚をぶつけながら半泣きで引っ張られているハルコと、意気揚々とした大野が 内側を回って笹原たちのサークルスペースに到着した。 荻上が呆れた表情で大野に尋ねる。 「無理矢理やらせたんですか?」 「いいえ。ただ協力を促しただけです」 得意顔の大野に、荻上はうんざりとしているのを隠さない。 それは笹原も一緒だ。正直思った。やばい、これは犯罪かもしれない。 「さあ、ハルコさん。一緒に売り子やりましょう!」 無論、大野はそんなことは露ほども気に留めていないのだ。 「え……? ほ…、ほんとにやるの……」 ハルコはソソクサと手探りでパイプ椅子を手繰り寄せて、その上でダンゴ虫みたいに丸まってしまった。 「もういいじゃん、一応着たんだから……、ね?。だからほら、眼鏡と服、返してよぅ…」 ああ、そういうことか。力業……ね。 察するに、まずハルコさんの衣服を剥ぎ取り、没収したのち、それをネタにコスプレを強要したということか。 ……エゲツない! 「ダメです」 マジで今日の大野はエゲツなかった。完全にコスプレの暗黒面に堕ちていた。 「あんまり聞き分けがないと、コスプレ会場に置き去りにしますよ?」 ひでー。 「無理矢理やらせるのは邪道じゃなかったのかよぅ…」 ハルコの至極真っ当な抗議の声が空しく響く。 「悲しいですが、これも完売のためには仕方のない犠牲なのです」 大野は一瞬、悲壮感を漂わせたが、すぐに笑顔に転じてハルコの背中をポンと叩く。 「さ、やりましょー! 売りましょー!」 ハルコは首を持ち上げてギロリと睨んだ。 「くそー、大野ぉぉぉ…。この恨み忘れんぞ…」 「ハルコさん…、そっちは荻上さんです…」 どうやら眼鏡がないと人の判別も出来ないらしい。 「うるせー笹原、お前も同罪だ! 会長なら助けなさいよ」 それは大野に向かって言った。 真琴が楽しそうに笑っている。 笹原は少し考えて、 「すいません…。完売のためには仕方のない犠牲なんです…」 と笑って誤魔化した。 本当ところは、見とれていた。 白いクレパスのように淡く光る脚を抱えて、大き過ぎる黒地に赤い鼻緒の駒下駄を揺らしている。 やや赤い膝小僧の隙間から、胸に巻かれた真っ白なサラシが小さく覗いていた。 背中を丸めて、恥かしそうに膝に顎を乗せるハルコの瞳は、眼鏡が無いことに怯えるように不安げに潤んでいる。 それは、思わず頭でも撫でてしまいそうな、そんな気持ちに笹原をさせていた。 「大丈夫ですよ、ハルコ先輩」 真琴の声に、ハルコは顔を上げる。 「とってもかわいいですよ。ね、笹原くん」 「うん…」 口から出た言葉に、笹原自身が驚いてしまった。 それは水を向けた真琴でさえ、珍しく驚きが顔に表れていたくらいだ。 荻上も、その一瞬、時間が止まったように笹原を見つめていた。 その消え去りそうな一瞬に、笹原は慌てて言葉を詰め込んだ。 「まあ……、けっこーハマってんじゃないすかね…、意外と……」 「ですよねー!」 大野の何もかもを吹き飛ばすような歓声が上がる。 「さー、立って立って! 売り子交代しますよー!」 腕を引っ張られて、ハルコはしぶしぶ立ち上がった。漸く観念したようである。 「わーったよー…。やりますよー」 入れ違いで売り場に入るときに見えたハルコのサラシ姿。ニヤケそうな口元をぐっと押し殺す。 ハルコの何も気が付いていない様子に、笹原はそっと胸を撫で下ろした。 隣で真琴が笑っている。荻上は無表情に天井を見ていた。 ハルコはもうやけっぱちのような表情で積まれた同人誌の前に棒立ちに立った。 もうどうにでもなれの心境である。 「ありがとございまーす」 目の前に人間らしき影が立つ度に、機械的に同人誌を渡していく。 相手の表情が見えないのがせめてもの救いだ。じろじろ見てられるのも、苦笑いなのも、見えなきゃ分からない。 「ありがとございまーす」 もうお客を人間とも思わずにただただ同人誌手渡しマシーンと化すことに努めるのみである。 相手は人形…、人間じゃなく、かぼちゃ同然、だたの人形。狙って売って一発で終わり……、ってか…。 「ありがとございまーす」 ありがとございまーす、と喋る自動販売機でももっと愛想が良いだろうという平板な音声で繰り返す。 いま自分がしている格好を出来るだけ考えないようにしていた。 「なんかマジで売れはじめてない?」 「うん。ハルコ先輩たちになってから急に売れはじめたねー」 聞こえない、聞こえない。 ちょっとそんな気がしないでもないけど…、そんでちょっと嬉しい気もするけど…、 考えない、考えない。無視、無視。 ハルコは朱が差した顔を隠すように仏頂面を作り、同人誌を取る、渡す、お礼を言うの動作に徹しようとする。 「ありがとございまーす」 どうせコミフェスに居るのはオタクのみ。三次元には興味が無いのだ。 落ち着け~、まだ慌てるような時間じゃない~~。 変な汗かくな、私。 「ありがとございまーす」 ふぅ…。 でも、ここに春日部君が居ないのは不幸中の幸いかも。 「ありがとございまーす」 また目の前に立った影に同人誌を差し出す。 しかし、その影は同人誌を受け取ろうとしない。それにお金を払おうともしなかった。 なんだ? 「うわ…、またそんなコスプレなんだ…」 「へっ?」 それは紛れも無く聞き覚えるのある声だった。 変な汗かくな~~~、私。 「嫌がってわりには、何だよ、ノリノリだったんじゃんか」 うーん…。まあ、大体分かってんだけどね…。 ハルコは声に出して確認してみた。 「春日部君…じゃないよ」 「あー、そっか…。眼鏡してないもんなー。へー、そんな見えないんだー」 ハルコはその時思った。 大野コロス、と。 つづく